特許権力ゲーム:60年間の悩みと解決案
「世界知的所有権の日」に考える:ビッグデータとAIを通じてデータ非対称のゼロサムゲームを反転させる方法とは。
代表取締役社長 周 延 鵬 (Y.P. Jou) | ScienBiziP Japan 株式会社
筆者は、過去の職務経験およびビジネスの実務経験を基に、アジア諸国および企業の60年間における特許問題の核心に関し、研究開発活動と特許基礎環境づくりを呼びかけるだけではなく、参考に、筆者が検証済み且つ実行中のいくつかの解決策を提案する。
1. 基礎技術および応用技術の研究
アジア諸国では一部の大企業および学術界を除き、多くの企業で行っている研究開発とは、後発者としての製品開発と技術改善がほとんどである。このようなエコノミーシャーレ問題に対し、たとえ基礎研究を実施する環境になくても、事前にビッグデータを利用して課題を正しく選択した後、各国の学術研究界から応用技術への研究にリンクさせると同時に、NASAによって制定された技術成熟度レベル評価基準(TRL)と米国のソフトウェア業界によって発展させられたアジャイルな開発手法(SCRUM)を運用することで、製品開発とエンジニアリング技術のレベルを段階的にかつ速やかに引き上げることができ、さらに特許の価値を高めることもできる。
2. ハイレベル特許専門家の育成
アジアの特許担当者の大半は特許検索、出願、権利維持などの事務作業が多く、科学的な手法及びプロセスによる特許ポートフォリオ構築、特許ファミリのマネジメント及びその運用(商品化、現金化)に携わることは比較的少ない。さらにいえば、アジア諸国は、母国特許を優先させることや、弁理士、特許代理人または特許エンジニアの業務から脱出する必要がある。
その代わりに、特許データ・サイエンティスト、特許ポートフォリオ専門家、特許品質・価値分析専門家、特許リスクマネジメント専門家、特許資産取引専門家、特許訴訟戦略家、特許プロセス管理専門家など、分野・地域を跨いだハイレベルの特許専門家を育成することが急務である。
3.ビッグデータ及びAIを基に行うデータ分析
アジアの多くの特許担当者は、従来の特許検索やパテントマップ作成などの業務を行っているが、それが研究開発、特許及び企業活動に効果をもたらすことが難しいと意識することは少ない。また、特許担当者が特許データにおける品質のばらつきを意識できていないため判断に影響が出ていると同時に、ビックデータ、AI及びデータサイエンスが従来の検索・分析に変化を起こしていると認識している人も極めて少ない。即ち、従来の特許検索及びパテントマップにはデータ分析(Analytics)の原理及び実践可能性がなく、科学的な理論、方法及びツールによるサポートが欠如しているため、労力、時間及び金銭を使いながら、意思決定に無駄且つ役に立たないアウトプットしか出されていない。
言いかえれば、特許担当者は膨大なデータを検索し、長文のレポートをまとめるのではなく、ビックデータ、AI及び専門実務を総合運用することにより、データ・サイエンティストの目線から判断分析を行い、会社経営における意思決定をサポートするよう進化しなければならない。現在、全世界には、Exata社のApexStandards、Docket Navigator社の訴訟プロファイリングサービス、InQuartik社のQuality Insights, Due Diligence及びSEP知能分析報告など、ベンチャー企業による関連サービスが提供されている。
4. 米国特許の品質に対する洞察
これまで、各国の特許は特許庁の審査を経ていることで品質は確保されているものと考えられ、特許の品質を深く洞察することは行われていなかった。現在では、米国政府により公開された特許データに基づいて、ベンチャー企業は特許データの品質の完全性、正確性、一貫性、標準化を行い、1日以内に更新することができるとともに、AI、ソフトウェア技術、高度なユーザーインターフェイスを組み合わせることで、特許担当者は構造化された出願審査/登録後の審査情報を即時に取得し、各特許の請求項及びその変更を正確に把握することができる。
また、各米国特許の有効性に影響する五大特許庁(IP5)およびWIPOのファミリ先行技術と、先行技術における先行技術、明細書要約及び請求項に対するセマンティック分析を通じて得られた関連先行技術を把握することができる。これら異なるレベルの先行技術により、米国特許の品質問題を大規模かつ階層的に開示できると同時に、米国特許権侵害訴訟および当事者系レビュー(IPR)において、およそ75%~80%の特許が無効・権利行使不可とされ、または権利範囲が限定されるかも明らかになってくる。
要するに、米国特許の品質が素早く識別可能になってくると、AIは米国の特許訴訟と売買ゲームに劇的な変化を起こし、特許の無効を主張することで不利な立場にあった企業は非対称の特許戦争から優位な立場に転じことが可能となる。
5. 特許ポートフォリオの評価と管理
これまで、特許担当者が特許デューデリジェンスを行う際、依然として従来の検索を通じて情報を取得して、主に特許件数の計算に焦点を当てているため、特定の特許権者または特定技術の特許資産を評価することが難しかった。そのため、特許権者自身または第三者は、「意思決定」を行う次元に留まり、特許資産そのものにおける価値・品質を全般的にモニタリングや分析することができなかった。しかし、最近ではAIを活用することで、特許担当者に限らず、誰でも一瞬で少なくとも5万件の各国特許資産を含む評価報告を得られる。
そのレポートには、特許の国別分布、残存年数、法的ステータス(出願中、放棄、有効、無効、期間満了)、技術カテゴリ及び分布、共有状況、発明者と当該発明者過去の特許出願傾向、譲渡、質権設定、ライセス(登録済みものに限る)、再審査、審査における特許の適格性/新規性/進歩性/明確性問題、および品質価値レベルとその同じ分野の特許技術及び特許権者との関係(権利行使のターゲット、同業者の特許動向、同業他社の引用情報等が含まれる)。
これにより、特許権者と第三者は、特許資産の実際の状況を完全に分析し且つ把握することができ、また、大量の低品質、低価値の特許を取得、維持またはライセンスするために膨大なリソースを費やす必要はなく、高品質で高価値の特許ポートフォリオに集中できるようになる。
6. 個人プレーではなく、チーム連携と知識の共有で対応
従来の特許担当者は情報共有も行っておらず、ほとんどが各自で担当の仕事を行っており、たとえ情報を共有するときでも会議やメールでやり取りを行っている。その結果、特許業務が非効率となり、データと経験を継続的に蓄積し、リアルタイムで情報共有ができなかった。現在、次世代SaaSプロバイダー、例えばInQuartikのPatent Vaultなどでは、さまざまな特許業務をクラウド上で統合し、安全な共同作業スペース(特許業界のGoogle G Suiteだと想像してください)を提供している。
国境、組織、部門やチームをまたがる作業を継続的に且つ豊富なデータでサポートすることで、各担当者はクラウド上で連携でき、知識と経験を共有することできるようになった。これによって、業務効率が向上するだけでなく、過去40年間にグローバルな学術コミュニティによって開発された組織の記憶と知識管理理論の実践にもなった。さらに、新型コロナウィルスにより従来の業務スタイル(オフィスに出社し、タイムカードに打刻するなど)に衝撃が走り、感染拡大が続く一方、企業活動が効率的に行われるためには、産学が迅速に調整を行い、SaaSプラットフォームにおけるインストール不要、インターネットをつなぐだけで作業可能な特性を利用し、チームメンバーが時間と場所にとらわれずに通常の業務ができるように、環境を整備することが大事である。
以上